元の言語のページへ戻りました

アミン価(AV)は、硬化剤中に含まれる反応性アミン基の量を定量化するために広く用いられており、エポキシ配合物の化学量論を最適化するうえで重要なパラメータです。適切なAVを有する樹脂/硬化剤のエポキシシステムは、完全な硬化を保証し、最終製品に求められる特性を得るために不可欠です [1]。

アミン価(AV)を測定する標準的な方法は ASTM D2073 であり、これは強酸による滴定を伴います[2]。この方法は高い精度を有していますが、時間を要するうえ、有害廃棄物を発生させるため、多数サンプルを迅速に評価する用途には適していません。
一方、ラマン分光法は迅速で、非破壊的かつ非接触の代替手法を提供します。一次手法で得られた測定結果とラマンデータを相関づけることで、ラマン分光法をアミン価推定のための二次手法として利用できるようになります。これにより、中間品および最終製品の迅速なインプロセス型の品質評価が可能となり、エポキシの品質管理を支援します。

本検討(概念実証実験)では、滴定結果との相関分析を通じて、ラマン分光法を用いてエポキシ硬化剤の AV を予測する手法の実現可能性を評価します。

アミン価は、従来、ASTM 規格に従った強酸/弱塩基滴定によって測定されてきました[3]。この方法は高い精度を有しますが、試薬やサンプル調製を必要とし、滴定終点に到達するまで十分な時間を要するなど、作業負担が大きいという課題があります。
一方、ラマン分光法はより迅速で効率的な代替手法を提供し、サンプル調製を必要としない、硬化剤の迅速・非破壊・非接触分析を可能にします。

本アプリケーションノートでは、ラマン分光法を用いて硬化剤のアミン価を測定する手法について述べるとともに、その測定結果を従来の滴定法との統計的比較によって検証した内容を示します。

図 1. メトロームは、あらゆる分析ニーズに対応する最先端のラマン分光および電位差自動滴定ソリューションを提供しています.

アミン価 (AV)  はラマン分光法を用いて材料から直接評価することも可能ですが、本研究では、アプリケーションノート  AN-T-239に記載された手順に従い、まず硬化剤を氷酢酸(AcOH)に溶解しました。この手順を採用することで、ラマン分光法と電位差自動滴定(図1)を同一のサンプル溶液に対して実施でき、両手法の有効な比較が可能となります。

市販のエポキシ樹脂キットを用いて調製したサンプルは、キャリブレーション用、検証用、および未知サンプルセットに分類されました。キャリブレーション用セットは、硬化剤を0 mg(ブランク)、68 mg、116 mg、208 mg、315 mg、および554 mgそれぞれ、25 mL の氷酢酸(AcOH)に溶解して調製しました。検証用サンプルは、同じ溶媒量に対して硬化剤を308 mgおよび514 mg溶解して調製しました。さらに、モデルの性能を評価するため、硬化剤量が未知のブラインドサンプル 5種類(A–E)も調製しました。すべてのサンプルは100 mL ビーカーで調製しています。

Amine value was calculated in this manner:  

V1 = サンプルの過塩素酸(HClO4)滴定溶液の滴定量 [mL]

V2 = ブランクの過塩素酸(HClO4)滴定溶液の滴定積 [mL]

N = 過塩素酸(HClO4)溶液の当量濃度 [N] (規定度)

m = サンプルの質量 [g]

算出されるアミン価(AV)は、溶液中の硬化剤量に依存せず、サンプルの質量で正規化されるため、すべての アミン価( AV)  測定において標準サンプル質量として 0.5 g を採用しました。

ラマンスペクトルは、サンプルを入れたビーカーの外壁にプローブを当てて測定しました。この非接触型の手法により、汚染を最小限に抑えるとともに、再現性の高い測定が可能となります。使用した装置および付属品の仕様は、表1にまとめています。

表 1.本実験で使用したラマン分光および滴定システム
ラマン分光システム
レーザー励起 785 nm (推奨)
オプション部品 BAC102 ファイバープローブ
ソフトウェア SpecSuite
電位差自動滴定システム
電位差自動滴定装置 907 Titrando
ビュレット Dosino (50 mL)
電極 ソルボトロード
ソフトウェア OMNIS

ラマン測定後、サンプルは 0.5 mol/L 過塩素酸(HClO₄)で滴定されました。キャリブレーション曲線は、ラマンスペクトルデータおよび滴定結果の両方から作成しました。モデルの性能は、決定係数(R²)、二乗平均平方根誤差(RMSE)、および検証用サンプルの予測精度によって評価しました。

電位差自動滴定

図 2. アミン価 (AV) のラマン分光法の予測 (緑) と電位差自動滴定法 (赤) のキャリブレーションおよび検証データ

電位差自動滴定法では、キャリブレーション用セットのアミン価(AV)はそれぞれ 30.8、54.9、95.2、147.7、196.0、および 258.7  [ mg KOH/g ] でした。滴定量に基づくキャリブレーションモデルはほぼ完全な線形相関を示し、決定係数 R² = 1.0000、キャリブレーション二乗平均平方根誤差(RMSEC) = 0.018 となりました(図2)。検証用サンプルの予測アミン価( AV) は、サンプル量=308 mgで 144.1 [ mg KOH/g] 、514 mg で 241.9 [mg KOH/g ]となり、実測値から ±0.2% の誤差でした。

硬化剤および溶媒のラマンスペクトル

図 3. 硬化剤および氷酢酸(AcOH)のラマンスペクトル. 化学定量解析に用いたスペクトル領域は緑色の枠で示しています.

硬化剤は 1002 cm⁻¹ に強いラマンスペクトルピークを示し、アニリンやフェニレンジアミンなどの芳香族アミンと一致しました(図3)。氷酢酸(AcOH)は 893 cm⁻¹ に C–C 振動に起因する顕著なピークを示しました。650–850、930–1270、および 1550–1630 cm⁻¹ の領域では、硬化剤と AcOH のスペクトルの重なりが最小であり、アミン価(AV) の定量解析に適した振動バンドとなります。

ラマン分光法によるアミン価 (AV)の定量

図 4. キャリブレーション標準サンプルのラマンスペクトルおよびラマン強度と アミン価 (AV) との単純線形回帰

1003 cm⁻¹ のラマンスペクトルピークの強度は、アミン価 (AV) に比例して増加し、強い線形相関を示しました(図4)。単純線形回帰でも、高度な化学t計量学手法を用いなくても R² = 0.9965 が得られました。この結果は、ピーク強度と濃度の直接的な相関を通じて、ラマン分光法が本質的に定量的な解析能力を有していることを示しています。

主要な振動バンドを取り入れたより包括的なキャリブレーションモデルを構築することで、性能はさらに向上し、R² = 0.9999、較正二乗平均平方根誤差(RMSEC) = 0.79 を達成しました。このモデルは、キャリブレーション用サンプルの アミン価 (AV) を正確に予測し、実測値からの偏差は ±0.5% でした(図2)。ラマン分光法に基づく測定結果は、電位差自動滴定法による結果と非常に高い一致性を示しました。これらの測定結果は、ラマン分光法がエポキシ配合物の アミン価 (AV) を迅速かつ非破壊的に推定するための信頼性の高い二次的手法として有用であることを示しています。

未知サンプルの評価

未知サンプルの アミン価 (AV) とラマンキャリブレーションモデルを用いて予測され、滴定結果とを比較しました(表2)。ラマン分光法による予測 アミン価( AV)  は電位差自動滴定法で得られた測定値とほぼ一致しており、偏差は 0.10–4.4% の範囲、二乗平均平方根誤差(RMSE) = 2.53 でした。これにより、ラマン分光法が アミン価 (AV) 測定の信頼性の高い二次的手法であることが示されました。

本実験における電位差自動滴定法には、約 ±2% の固有誤差が存在します。ラマン分光法は二次的手法であるため、一次手法に由来する不確かさ、例えばサンプル調製のばらつきなどを内包します。そのため、ラマン分光法による予測アミン価 (AV)  の総誤差は、ラマンを独立した一次手法として検証しない限り、通常は電位差自動滴定法の誤差を上回ることになります。ラマン分光技術そのものに起因する実際の誤差は、電位差自動滴定法の参照から伝播した不確かさを含む観測総誤差よりも小さいと考えられます。さらに、より大規模かつ多様なデータセットを取り入れることで、ラマンキャリブレーションモデルの精度および堅牢性は向上すると期待されます。

表 2.ラマン分光法と電位差自動滴定法による未知サンプルの予測 アミン価(AV)  の比較
アミン価  [ mg KOH/g ]
サンプル 電位差自動滴定法 ラマン分光法による予測値
A 245.3 245.5
B 193.0 190.8
C 101.9 97.7
D 96.3 93.9
E 63.5 61.8

二乗平均平方根誤差
RMSE
  2.53

ラマン分光法は、エポキシ硬化剤のアミン価(AV)を迅速かつ信頼性高く推定するための二次的手法として有用です。特徴的な振動バンドに基づくキャリブレーションモデルを用いたラマン分光法による予測は、標準的な電位差自動滴定法と非常に良好な一致を示し、偏差は ±3% 内に収まりました。未知サンプルでの検証でも、その精度が確認されています。電位差自動滴定法が アミン価 (AV) 測定の一次的手法として引き続き用いられる一方で、ラマン分光法は迅速で簡便かつ非破壊的であるという大きな利点を有しており、エポキシ樹脂システムの品質管理やプロセスモニタリングにおける補助的手法として非常に適しています。

  1. Sukanto, H.; Raharjo, W. W.; Ariawan, D.; et al. Epoxy Resins Thermosetting for Mechanical Engineering. Open Engineering 2021, 11 (1), 797–814. https://doi.org/10.1515/eng-2021-0078.
  2. Standard Test Methods for Total, Primary, Secondary, and Tertiary Amine Values of Fatty Amines by Alternative Indicator Method. https://store.astm.org/d2074-07r19.html (accessed 2025-06-17). 
  3. Izumi, A.; Shudo, Y.; Shibayama, M. Network Structure Evolution of a Hexamethylenetetramine-Cured Phenolic Resin. Polym J 2019, 51 (2), 155–160. https://doi.org/10.1038/s41428-018-0133-8.
お問い合わせ

メトロームジャパン株式会社

143-0006 東京都大田区平和島6-1-1
東京流通センター アネックス9階

お問い合わせ