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フェンタニルは、鎮痛剤および麻酔剤として使用される強力な合成オピオイド薬です。モルヒネの約100倍、ヘロインの約50倍の効力があります。しかしながら、違法フェンタニルは世界中で闇市場で流通・販売されています。フェンタニルの過剰摂取は、昏睡、瞳孔径の変化、冷たく湿った皮膚、チアノーゼ、昏睡、呼吸不全を引き起こし、死に至る可能性があります。フェンタニルは、体の大きさ、耐性、過去の使用状況によっては、2ミリグラムでも致死的となる可能性があります。

米国やカナダなどの国々では、フェンタニル関連の過剰摂取が急速に多くの地域で大きな公衆衛生上の危機となっているため、同定と検出が不可欠です。

電気化学的表面増強ラマン分光法(EC-SERS)とスクリーン印刷電極(SPE)を組み合わせた新しい方法の開発により、フェンタニルの検出に迅速かつ効率的で正確なアプローチが可能になりました[1]。

図 1. スクリーン印刷電極用のラマン分光電気化学セルと組み合わせて使用したSPELEC RAMAN装置およびラマンプローブ

本実験での測定は、SPELEC RAMAN装置(785 nmレーザー)、レーザー波長に対応したラマンプローブ、およびスクリーン印刷電極用ラマン分光電気化学セル(図1)を用いて実施しました。

金および銀のスクリーン印刷電極(それぞれ220BTおよびC013)は、EC-SERS特性を有していることから使用しました。

SPELEC RAMAN装置は、電気化学情報と光学情報を同時に取得できる専用分光電気化学ソフトウェアであるDropView SPELECによってコントロールしました。本研究で使用したすべてのハードウェアおよびソフトウェアは、表1にまとめています。

表 1. ハードウェアおよびソフトウェアの概要

構成 部品番号等
装置 SPELECRAMAN
ラマンプローブ RAMANPROBE
スクリーン印刷電極用ラマン分光電気化学セル RAMANCELL
ゴールド SPE 220BT
シルバー SPE C013
スクリーン印刷電極用接続ケーブル CAST
ソフトウェア DropView SPELEC

フェンタニルの検出(図2)は、溶液中の薬物の存在下で金属SPEを電気化学的に活性化することにより実施しました。プロトコルは、1回の実験で2つのステップ、すなわち(1)SERS特性を持つ金属ナノ構造体の電気化学的生成、および(2)溶液中に存在するフェンタニルの検出で構成されています。

図 2. フェンタニルの化学構造. 番号は、表2に示すSERSバンドの振動割り当てに対応しています.

ラマン強度の増強効果が期待できることから、金(220BT)および銀(C013)の2種類のスクリーン印刷電極を評価しました。

220BT電極を用いたフェンタニルの検出は、1 × 10⁻⁵ mol/Lのフェンタニルおよび0.1 mol/L KCl溶液中でサイクリックボルタンメトリーにより実施しました。電位は+0.70 Vから+1.40 Vまでスキャンし、さらに-0.20 Vまで戻す操作を、スキャン速度0.05 V/sで行いました(図3a)。

C013電極を用いた実験は、1 × 10⁻⁵ mol/Lのフェンタニル、0.1 mol/L HClO₄、および0.01 mol/L KCl溶液中で行いました。電位は0.00 Vから+0.40 Vまでスキャンし、さらに-0.40 Vまで戻す操作を、スキャン速度0.05 V/sで実施しました(図3b)。

図 3. サイクリックボルタンメトリーの測定結果: a) 0.00001 mol/Lフェンタニルおよび0.1 mol/L塩化カリウム中での220BT電極  b) 0.00001 mol/Lフェンタニル、0.1 mol/L過塩素酸および0.01 mol/L塩化カリウム中でのC013電極.

両方のスクリーン印刷電極を用いた分光電気化学的検出は、同一の方法論に基づいています。すなわち、金属表面を初期酸化した後に還元を行い、SERS効果を有する金または銀ナノ粒子(NPs)を生成するという手順です。フェンタニルの特徴的なラマンバンドはこれらのナノ構造が生成された後に検出されますが、220BT電極では実験の最終段階(陽極スキャンで+0.50 V)において最も高いラマン強度が得られ、C013電極では-0.40 Vで最大強度が観測されました。

図4は、金および銀のスクリーン印刷電極を用いて得られたフェンタニルの特徴的スペクトルを示しています。複数のバンドが検出され、最も強く代表的なバンドは1000 cm⁻¹に位置しています。

Figure 4. SERS spectrum of 0.00001 mol/L fentanyl obtained with 220BT (blue line) and C013 (orange line) SPEs.

表 2は、観測されたラマンバンドとフェンタニルの特徴的な振動モードとの対応をまとめたものです。フェンタニルの金および銀SERS基板との相互作用は同一ではなく、一部の振動モードは特定の金属でのみ検出され、さらにいくつかのバンドのシフトも観測されました。

表 2 .金(220BT)および銀(C013)スクリーン印刷電極を用いて得られたフェンタニルのSERSバンドの振動割り当て [2,3] (ν:伸縮振動、δ:はさみ変角振動、ρ:横揺れ変角振動、γ:面外変角振動、τ:ひねり変角振動、ω:縦揺れ変角振動、β:環呼吸振動)

SERS band (cm-1) Assignment
Au Ag
588 - δ (ring)B1,B2, ρ (CH2)alkyl, ρ (CH3)
758 741 τ (CH3), ρ (CH2)pip, δ (C5‐C6‐C7)
873 826 ν (C1‐C2‐C3‐N1), β (ring)B1
- 932 γ (CH)B2
1000 1000 δ (C═C)B2, ν (C5‐C6‐C7)
1026 1029 ν (C═C)B1,B2, δ (CH)B1,B2
- 1112 ν (C═C)B2
1174 - δ (CH)B1,B2
1202 1190 ν (N1-C3-C2-C1); τ (CH2)C2
1236 1239 ν (C4-N2), ω (C6-C7-H)
1296 1303 τ (C3-H)
1359 1354 ω (CH)pip, τ (CH)pip
1439 1444 δ (H-C-N2)
1598 1601 ν (C═C)B1
- 1629 ν (C═C)B1

本手法の有用性を示すため、220BT電極で得られた1000 cm⁻¹のラマンバンドの強度を、フェンタニル濃度を変化させながら解析しました。図5に示すキ検量線は、1 × 10⁻⁶ mol/L(0.33 μg/mL)から1 × 10⁻⁵ mol/L(3.37 μg/mL)の濃度範囲でラマン強度が線形に変化することを示しています。高い相関係数(R² = 0.997)により、本EC-SERS法が上記濃度範囲のフェンタニル検出において適切かつ高感度であることが確認されました。

図 5. 220BT電極を用い、0.1 mol/L KCl中の異なるフェンタニル濃度に対する特定波長でのラマン強度の検量線

SERS効果に基づく高感度なフェンタニル検出法の開発が達成されました。金および銀のスクリーン印刷電極(SPEs)は、フェンタニルの特性評価だけでなく、他の分析用途にも有用な興味深い結果を示しています。220BTおよびC013 SPEsの電気化学的活性化とフェンタニルの検出を単一の実験で行う手法は、迅速かつ簡便であり、分光電気化学測定を容易にします。220BT電極で得られた検量線は、1 × 10⁻⁶ mol/L(0.33 μg/mL)から1 × 10⁻⁵ mol/L(3.37 μg/mL)の範囲で線形性を示し、本手法の幅広い可能性を実証しています。

  1. Ott, C. E.; Perez-Estebanez, M.; Hernandez, S.; et al. Forensic Identification of Fentanyl and Its Analogs by Electrochemical-Surface Enhanced Raman Spectroscopy (EC-SERS) for the Screening of Seized Drugs of Abuse. Frontiers in Analytical Science 2022, 2.
    https://doi.org/10.3389/frans.2022.834820.
  2. Wang, L.; Deriu, C.; Wu, W.; et al. SurfaceEnhanced Raman Spectroscopy, Raman, and Density Functional Theoretical Analyses of Fentanyl and Six Analogs. Journal of Raman Spectroscopy 2019, 50 (10), 1405–1415.
    https://doi.org/10.1002/jrs.5656.
  3. Leonard, J.; Haddad, A.; Green, O.; et al. SERS, Raman, and DFT Analyses of Fentanyl and Carfentanil: Toward Detection of Trace Samples. Journal of Raman Spectroscopy 2017, 48 (10), 1323–1329.
    https://doi.org/10.1002/jrs.5220.